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集団の旬

食材はもとより個人にせよ組織にせよ、なにごとにも「旬」というものがある。そして「旬」をすぎてしまったものは何がしかの加速度を無理にでもかけて質なり方向なりを変えなければ衰退し滅びる。


生きもののばあいは最後に死という不可避な深淵がまっているので徹底的に自己変革や改造をおこなってもけっきょく死ぬわけだが、それでも老いさらばえて無惨に果てるのと羨まれ惜しまれつつ死ぬという違いはあるだろう。そして人間は、幸か不幸か体力や知力の低下などによって、すくなくとも本人はじぶんの人生が「旬」をすぎ下降線をたどり始めたことに気づくはずである


やっかいなのは企業とか組織とか、もっと広げるなら国家など、それ自体は精神活動をしない集団である。


そこに所属し統率力をもった人間が鋭敏な感覚と判断力を併せもっているのなら、集団が「旬」を過ぎたことを察知して何がしかの手をうつに違いない。


くりだした手段のもたらす成否はときの運や風向きにもよるからそれについての質的な良し悪しは歴史がくだすだろうが、ここで重要なのは感じ取った劣化の始まりにたいして行動するというそのことである。


逆にいうならそういう英断ができる人間が不在の集団は要する時間に違いはあっても確実に滅びる。


わたしの勤務する会社の後輩が辞めることを書いたが、かれがどこまで察知していたかは判らないけれども、この会社というのは上述した滅びへの坂を一直線にくだっている典型なので、かれは賢明だ。


わたしは来年の定年にむけ密かに「柊活」にはいっていて、サーバーに格納してある14年前の発表用資料をみつけた。見てみるといまの危機的状況についての認識がすでにされており、それへの対応策も述べてあった。われながらに卓見である。


残念ながらとうじのわたしは一介の営業マネジャーだったので会社を動かすチカラがなかったが。


じつをいうとわが日本に、わたしは同じものを感じている…













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# by hidyh3 | 2017-09-22 10:05 | Comments(2)

ドーダの感想

鹿島茂氏の「ドーダの人、小林秀雄 わからなさの理由を求めて」はさいきん読んだ本のなかでも抜群におもしろかった。


なにしろ小林秀雄という一流のネタを切れ味するどい包丁で叩きまくるのだから痛快である。あの難解な小林の文章はいまでもわたしを苦しめているのだが、そしてそれはわたしの知力が足りないからだと思い続けてきたのだが、鹿島氏は、小林秀雄の文章を理解できるほうがどうかしていると断ずる。


日本語としても支離滅裂だし論理もなにもあったものじゃない。あれはただ単に小林秀雄が「どーだ、おれはこんなにいろいろものを知っている超インテリなんだぞ、まいったか!」といいたいだけだ、というのである。いやはや、スゴイ意見だね。


おもいかえせば中学生のころ、ブルックナーと小林秀雄を理解することが、学校の成績の良し悪しと関係なく時代の先端をいく恐るべき子供たちの仲間入りとされており、いちおうクラシック音楽を愛するわたしとしては半強制的に仲間からブルックナーと小林の理解をもとめられていたのであった。この2人を解さないというのはすなわちバカだという高度ないじめのような雰囲気のなか、帰宅しては巨大な軟体動物のような音楽に集中し、レコードの針をあげるとつぎは小林秀雄の文章と格闘しなければならなかった。


フランス文学など触れたこともなかったので小林の語ることは二重にも三重にも不可解であったが、だからといって「徒然草」や「西行」もよくわからず、わたしの好きなモーツァルトにおいてはわたし自身を疑わなければならない始末であった。


つい先ごろ何十回目かの「モオツァルト」挑戦をこころみ、けっきょくのところ小林秀雄はモーツァルトについてなにも語ってはいないじゃないか、そうおもった。


道頓堀をさまよっているうちにK.550のテーマが頭のなかで鳴ったというレトリックにだれもが幻惑され、果ては「tristesse allante(走るかなしみ)」などとすごい表現があらわれ、しかも自分の心持ちを言い当てられて驚いた、そう書かれるとその曲を知らなかったことと相まってモーツァルトを聴くのが憂鬱になったものである。


小林秀雄が抽象的な表現を好んで書いているという批判は初期のころからあり、中野重治や坂口安吾のものが有名だが、こんかいの鹿島茂氏のように分析的かつ理性的な指摘は初めてだろう。

この本のおもしろさは単に小林の文体についての論評だけでなく、かれと同世代の日本人たちが日本近現代史の狂気を演出したという興味深い仮説を展開する。膨大な知識と教養に支えられた、久しぶりに知的好奇心をくすぐってくれる良書だった。











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# by hidyh3 | 2017-09-20 15:20 | Comments(0)

朝帰り

先週末は職場で親しくしている数少ない後輩の、内輪だけによる送別会だった。

本人とかつてのかれの上司、そしてわたしの3人でしたたかに飲んだ。その上司というのがわたしが初めて営業マネジャーになったときの最初のメンバーで、かれはわたしに少なからぬ影響をうけ、こんかい辞める本人はその上司をつよく敬慕していたので、落語の世界でいえば師匠 ー 1番弟子 ー 孫弟子みたいな関係だからいいたいことをいい飲みたいだけ飲むという理想的な送別の宴であった。

辞めることを決断した後輩は37歳、2人の子供がいるエネルギーと能力に充ちた逸材である。とうぜん悩みに悩んだすえの決断だと思ったから、何よりもまずその勇気と意思をわたしは賞賛した。

そしてさらに素晴らしいと思ったのは、いまいる会社の今後の成長性とそれを左右する経営の判断の不透明さ、そして一所懸命に努めるものが報われないという負のスパイラルを正確に見てとっていることであった。

まだ若かったころ、わたしも多くのサラリーマンがそうであるように「辞めてやる!」毎日思っては通勤をしていた。

いまから思えばそれはただの感傷なのであり、社会情勢だとか自社の経営方針をふまえてのことではないただの現実逃避であったのだが、今回の後輩の決断はもっと高度な現状認識と状況判断から導きだされた結論なので見事だとしかいいようがない。

おそらくいろいろな困難と困惑の波に翻弄されるであろうが、幸あれかし、と祈らざるをえなかった。

そんなわけではしご酒をし、ひさしぶりに朝帰りをした。そして嘔吐した。

ああ、わたしは入社直後の、ダメなサラリーマンのままなのだった。








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# by hidyh3 | 2017-09-17 13:35 | Comments(0)

本末転倒

写真が趣味のかたにとっては耳ざわりと思うが、わたしは写真を撮るということがひどくきらいである。


旅さきとか身辺雑記的にしきりと写真を撮るひとはおおいが、そういうセンスがわたしにはない。インスタグラムにアップするため必要以上に写真を撮る若者も激増している。まぁ、スマホ = デジカメだから「写真を撮る」なんて意識なんてそもそもないのかもしれない。


どうしてわたしは写真を嫌うのか。


人生の一瞬というのは日常的なこと-たとえば朝に顔を洗うとか家族と夕食をとるとか、あるいは月が輝いているとか、そういうあたりまえにあることですら一度かぎりのものなので、同じようなことは毎日あるが同じことは二度とない。したがって人生とはかけがえのない出来事の連続なのである。


…だからこそ写真にのこすのだ、そう思われるかもしれない。だが、そうではない。


むかしFM放送でながされる名だたる音楽家の演奏をわたしはさかんに録音していたのだが、番組がはじまり録音を開始するまでは神経を研ぎすませ全身が耳になったかのようなくせに、いったん録音をスタートすると「どうせ録音しているのだから」と放送を聴くことなくほかのことをしていたものだ。そしてときどき演奏の進行度合いとテープの残り時間などを確認し、無事に演奏が終了すると録音を終えカセットテープをケースにいれ「あとで聴こう」そう思いながラックにしまい込む。翌日には別の演奏家による放送があるからまた同じことを繰り返すのである。


録音をした、という事実だけでもう満足してしまい本来の「聴く」という行為をおこたってしまうのだった。いや、放棄していたというほうが近いね。


実をいうとわたしは小学生のころはませた写真小僧で、親に泣き付いてニコンF2とペンタックスSLを買ってもらい、そのときどきの明るさなどから自分のカンで露出とシャッタースピードを判断していた。


いろいろなものを被写体として撮りまくっては月刊の写真雑誌に送ったりもしていた。そしてここぞというときには、わざとコダックのトライX400で撮ったりもした。さきほどの音楽録音になぞらえていうなら素晴らしい景色を「見る」のではなく「撮る」ほうに集中していたわけである。


なにがきっかけとなって「聴く」ことを「録る」ことにすり替えてしまったと気付いたのかは忘れたが、「録る」ことや「撮る」ことがその瞬間にすべての神経をそそぐという切実な体験をわたしから取り上げてしまった。つまり「脳裏に焼き付ける」という人間の高度な意識的活動をしていなかったわけである。


「文字」という便利な道具を発明したがゆえに人間は記憶するというたいせつな行為を忘れてしまった、ソクラテスはそう語った。おもしろいことに本居宣長もおなじようなことを述べている。


このことはいろいろと敷衍できる。


戦前の苦労人だった母は、だからいっけん便利になると思われるようなちょこざいなモノや考えかたを徹底的に嫌悪した。それでいて少しも頑迷固陋なところなどなく、おそろしいほど進取の精神に満ちていた。


とてもわたしのおよぶところではない。


もうすぐ母の命日だ。










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# by hidyh3 | 2017-09-13 15:00 | Comments(0)

またやっちゃった……学習能力ゼロ = 馬鹿

先日、懲りもせずふたたび。いや五たびか六たびめをやってしまつた。しかもド派手に。

そのひは水曜日で、なつかしいフランス語のクラスメイとである先輩と飲んだ。

先輩などと気安くかいてしまっが、歳はわたしのひとまわりほどうえのフラン系原子力発電会社の顧問をしている日本における原発の重鎮なのである。メディアへの露出こそないが、かれこはそ日本における原子力の第一期生なのだった。

生粋の理系にもかかわらず音楽と文学を愛し、かつ理解している。国際や日本情勢にもあかるく、はっきりいって日本のエリート階級に属するかたである

かれとはことしの4月に、ちょうどわたしが休職中だったときに3日間の「オッサン2人のディープな沖縄彷徨」へといってきた。

前にも買いけれどかれは沖縄には先年亡くなられた奥さまと何回も来ているのだが、那覇空港からレンタカーで読谷とか恩納のリゾートホテルに直行ということで、まぁツアー会社の超VIPであるわけだが、ぎゃくに那覇の久茂地とか桜坂あたりの怪しげな店はまったく知らない。

今かいの旅ではかれをサポートするべく「暮らすように過ごす沖縄」の案内人という役割りで随行したわけだが、現地集合・現地解散とした。なぜならかれは往復の飛行機もビジネス・クラスだし宿泊は国際通りの中央にあるJALホテルで、わたしのようにスカイマークとウイークリーマンション泊まりとではつり合わないので解放されるべき旅が気遣いと遠慮にみちてしまうからそうした。その選択は大正解だった。

その敬愛する先輩にお目にかかると、なにしろどんな球種のボールを投げても的確にうけとめ、かつ薬味をきかして返球してくれるので酒がすすんでしまうのである。

先日はとても気分よく酔い、神保町で別れた。

帰宅したのはたぶん23時ころ。その先輩は酒をのむとほとんど食べない。わたしもどちらかというと箸がとまってしまうくちなので家にもどってひといきつくと空腹を感じることがおおい。まぁ、おおくの飲兵衛がしめにラーメンをすすり込むのとおなじであるが、自宅にはまえもって「晩メシ不要」と伝えてあるから何もない。

しかたない、寝るかといつものように多量の睡眠導入剤と睡眠薬を服用し、本来ならばその時点でベッドにもぐり込まなければならないのだが、机のまえに座ってパソコンのメールを開けてしまった。何通かに目をとおしているうちやはり空腹に耐えられなくなったとみえ、電機釜にのこっている冷や飯と缶詰のサンマの蒲焼を開けたらしい。

そのあたり、まったく記憶にない。

翌朝ベッドで目覚めわたしの部屋に入ったとたんことばを失った。

こなごなに割れた茶碗、サンマの煮汁まみれの白飯、それらが飛びはねた下着が強盗事件の現場さながら床に散っていた。

何回こんなことをやっているのだろう。生きるのがほんとうに厭になる。














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# by hidyh3 | 2017-09-07 14:32 | Comments(0)

デジタル・ディバイドの復讐

iPhoneを買い替えた。


いままでは4Sの64ギガを使用していたのだが、ぼう大な量の音楽とフランス語授業のときにボイスレコーダーとしてまいかい3時間のレッスンを何年分も録音していたためとうとうメモリが不足してきたのである。映像と異なり音声データはひどく重たい。


わたしはいわゆるアプリケーションはダウンロードしておらず、いま書いたようにミュージックプレイヤーとボイスレコーダー、そしてメールのやり取りくらいにしか使用していなかったのでとても「スマート」とは呼べないのだが、ぎゃくに電車のなかやスタバなどでスマホから目を離さないひとたちはいったい何をしているのかわたしのほうが尋ねたくなってしまう。


そんなわけだから買い替える動機としてはいたって消極的なのだが、なにしろメモリがいっぱいになってしまってこれ以上曲をいれられないからやむを得なかった。何年も4Sの大きさに慣れているので店舗にいきiPhone7をみせられたときにはにぎりメシの上にネタをのっけた鮨をみるようで、ひどく滑稽な感じがした。わたしはとにかく大容量のものが欲しかったから256ギガが欲しいというと「256ギガは割り当て制になっているので納期がハッキリいえない」というではないか。


「128ギガなら在庫がある」というので何回もショップにくるのは面倒だから「じゃあそれでいいですから」ということで最新の128ギガを購入して帰ってきた。自宅のパソコンにいままでどおり接続すればiTunes側で端末が代わったことを認識して同期するから大丈夫だ、とおしえられた。


ずいぶん前に自宅のパソコンがどういうわけかダウンしてしまいデータがOSもろともすべて消えてしまうということがあった。もともとITのリテラシーは高くないのでろくに考えもせずiPhoneを接続したらパソコン側のデータが消えているものだからわたしが厳選した楽曲がiPhoneのほうも同期して消えてしまった。あのときの絶望感は深刻で、しばらくのあいだ焦点がさだまらない眼で中空をボンヤリながめていた。たぶん口も半開きだったろう。なにしろiTunesにおとしこんだ曲はひとから拝借したCDや図書館で借りたCDもあって、ざっくりではあるが4,000曲ていどiTunes内にあったからである。わたしの精神の支えみたいなものだった。


たまたまiPhoneをもつまえに音楽プレイヤーとしてつかっていたiPodがそのままの状態で保存してあったので、iPhoneに収録されている直近のライブラリーと同じではなかったけれど、7割ていどは重なっているのでアップル社は著作権の問題から公表していないがiPod ⇒ iTunesへの逆転送という裏ワザをしらべ実行した。


祈るような思いで作業をすすめるとiPodのデータが空っぽになったiTunesへと移った。冗談ではなくひとりで手をたたき「やったぁ!」と絶叫してしまったのだった。











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# by hidyh3 | 2017-08-30 17:37 | Comments(0)

お里が知れる

ことばが時代とともに変化していくのは健全である。

それはいわば時代の映し鏡のようなものなので、そのときの潮流を知る手がかりをことばに求めるというのは至極まっとうで理になかっている。

とはいっても、昨今の日本語の乱れは未曾有のものではあるまいか?

わたしが休職から復帰した事務所は3年前まで勤務していたところだから、場所やら環境はなにひとつとして変わってはいないのだが、さすがに3年ともなればそこにいるひとたちはほぼ替わっている。わたしが知らないのと同様、周囲のひとたちもわたしが何者であるかまったく知らない。わたしの言動からながく会社に勤めているオッサンだということぐらいは理解しているようである。

いいのかわるいのか知らないが、わたしの周囲にいるひとというのが100%「派遣社員」、「契約社員」の女性で、だいたい40代の前半である。その一群のなかでわたしだけオトコだし、なにしろこちらの素性が先方には不明だから彼女たちもわたしが見えない振りをしていて、とても会話に入り込む余地などない。

結果として彼女たちの会話を黙って聞くこととなる。

亭主への不満、仕事の愚痴、家庭でのさまざまなできごとを黙って聞いているのはむしろ社会の現実を知ることとなるので大歓迎なのだが、途中からがまんができなくなるのが彼女たちの言葉づかいなのである。

 「これってさぁ、チョーやばくねぇ?」

 「んなもの知らねぇっつうの!」

 「ほんと使えねえんだからさあ」

もういちどいうが、彼女たちは40代前半である。

いまどういう環境にいて、かつてどういう環境で育ってきたのは知るよしもないが、発せられることばのかずかずがあまりに下品にして攻撃的なことにいたたまれず、わたしは席をはなれトイレに逃げ込む。吐き気がするからである。

ひとを差別することはわたしのなかにはほとんどない。ただ、下品なやからは国籍、性別をとわず首をしめたくなるね。

ひどく迷惑だから。











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# by hidyh3 | 2017-08-27 06:29 | Comments(0)

利いたふうなこと

いつも食べものや酒のことばかり書いているので、

  「こいつ馬鹿なんじゃないか?」

そう思われると不本意なので箴言めいたことを記したい・・・とここまで書いてタイトルの「利いたふうな」あるいは「利いたような」という表現で恥ずかしい経験があるのでブッチャケる。

おそらく同じようなことをした御仁は少なくないと思うのだが「利いたような」を「聞いたような」・「聞いたふうな」と勘違いし、文章にしたり他人に話したりしたした時期があった。かつて営業マンだったころ、日報やら半期レビューなどの場で「聞いたような」と話したり書いたりしたことがある。

もう思い出すだけで死にたくなるのだが、わたしはやはりそんな馬鹿なのである。

気を取り直して、わたしの経験からひとこと。

自分の性格を変える、ということはほぼ不可能である。ここでいう「性格」とは、何かに遭遇したときに自分の内側で条件反射することの総称である。すぐ緊張してしまったり、あるいはひどく饒舌になったりなど、もろもろ。

つまりは脳の問題である。

脳の移植などは医学的に不可能だし、洗脳やらイメージトレーニングというのも基本的には「一過性」ないしは「そんなつもり」ていどのものである。まぁ、「一発芸」と表するのが下品だけれど近いのではないだろうか。

「性格」というのは、多くの場合他人から見たそのひとの行動傾向の別称である。

だから意識的に行動を変えれば「あのひとは性格が変わった」となる。

「行動を変える」とかんたんに書いたが、反射的なものも含めて自身の言動やら表情などを変えるというのは相当強い注意力と自意識が求められる。いつも自分を俯瞰していなければならない。だが、行動を意思的かつ恒常的に変えていれば性格は変わったとみなされるわけだ。

したがって、性格はいつでも、どこでも、そして誰でも変えられる。











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# by hidyh3 | 2017-08-25 18:10 | Comments(0)

池袋のラーメン

サラリーマンとしてのスタートが池袋だった。

その頃は「城北営業所」という名称だったサンシャイン60ビルのなかのオフィスに、3ヶ月におよぶ新入社員研修を終えて同期4人で初出勤した。わたしたちはアミダくじのような恣意的分類で配属される課を指定され、さっそくその日の午後からほんものの名刺とともに動き始めた。

いちおう顧客リストのようなものを渡されたのだが「顧客」とはいっても会社としての取り引きはなく、新規開拓先顧客リストなのであった。わたしが入った会社はヤミクモに飛び込んで新規開拓する営業ではなく、それなりの需要がみこめる企業群をリストアップしていたのだった。

これは訪問する側の勝手な選択なのであり、飛び込まれた会社にしてみれば「勝手に入ってくるんじゃねぇよ、この馬鹿野郎」となる。したがって当時のわたしの日々は投げれば打たれるダメ投手か、敗戦処理のリリーフピッチャーみたいなものなので、いまでも池袋はわたしにとっては戦場跡地であり、初赴任地である。おそらくこれからも永劫回帰するに違いない。

前口上が長くなってしまいました。

先日、東口のラーメン屋にいって食べた味噌ラーメンはとても旨かった。

若かったあの頃にこの店があったら、わたしはいまの3倍くらい太くなっていただろう。

よかったのか、その逆か。…どうでもいいことだが、でも視覚的にいうなら無くてよかったと思う。









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# by hidyh3 | 2017-08-24 19:55 | Comments(0)

人徳

勝海舟について調べていていちばん驚かされるのはかれの人脈の広さだ。

その発端が長崎での海軍伝習なのは周知のことだが、それよりもかれ自身新しいこと、未知のことへの好奇心がすこぶる旺盛でひるまなかったことが結果としてさまざまな人たちとの交流をうむ。そういう新知識に飢えた学生を教える側の人間が好まないわけはないので、長崎に多数おくられた日本人伝習生のなかでも海舟はオランダ人教官から一目置かれるのである。とくに海舟は以前からオランダ語を学習していたし、あるていどの世界情勢にも通じていたからオランダ教官のほうも新知識を伝えるのに好ましかった。

そしてなにより、海舟というひとりの人間がほかのひとを引きつける魅力をもっていたのである。

このことは幕末から明治へと移る歴史の巨大な節目においてもいささかも変わらない。そういう転換期の要所にさしかかるとひとは海舟を放っておかない。なにしろかれをたいへん嫌っていた徳川慶喜が、もうどうにもしようが無くなったときに頼るのが海舟なのだから。

江戸城明け渡しのときは、戦いを主張する幕臣からも敵側の薩長からも命を狙われるが、それが過ぎればまたひとはかれを求めて訪れる。訪問するひとたちがあまりに多岐にわたっていたので、つまりかれの人脈が途方もなく広かったので様々な揣摩臆測(しまおくそく)をうんだのも事実であるがかれは揺らぐことなく受け入れる。

つまるところは勝海舟の人徳のしからしむるところなのであり、あの時代の日本人を一頭も二頭も抜いていたわけである。

知れば知るほど、調べれば調べるほど、勝海舟のスケールの広さと胆力の深さにはことばが出ない。














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# by hidyh3 | 2017-08-20 09:00 | Comments(0)

超音波

きょうは毎夏恒例の人間ドックだった。

以前に書いたとおり検査終了後の暴飲暴食をたのしみに家をでて聖路加病院へいった。ここでの人間ドックも今年で14年目になる。とうぜん検査の順序や検査室の場所も知悉しているのだが、どういう理由からなのか部屋の所在が微妙に変わっていた。おそらくは受診者のかずと対応するスタッフやドクターの人数のためだろう。つまりはコスト・ダウンなんだね。

採血のあとに肝臓や腎臓のエコー検査という順番は変わらなかった。針を刺したあとをシッカリと押さえながらエコー検査室のまえに腰をおろす。おそらく多くのひとがそうだと思うのだが、片方の手で反対側の血管を押さえつけ、押さえつけられているほうの手にはカルテのようなバインダーを持っているので雑誌などを読みながら自分の名を呼ばれるのを待つというのはむずかしい。したがってたいていのひとは眼を閉じて瞑想にふけっているようである。わたしは前夜の眠剤がまだ効いているのでまぶたを閉じたら眠りこけてしまう恐れがあったからあたりを見回していた。

この病院は成り立ちも関係しているのか日本人以外の受診者もすくなくない。だから検査室の表示パネルには日本語と英語のふたつが書かれている。

わたしは視力が低下しているのと、いちおう病院の待合室だから煌煌と照明が輝いているわけではないという条件のなかで10室ほどあるドアのうえの表札をみて驚いた。

「超音波室」という漢字のしたに英語で「ウルトラ・サウンド」と書かれているではないか!

オーディオには疎いが、いちおう音楽とは40年以上つきあってきた。「ハイ・ファイ」とか「ドルビー・サラウンド」あたりはさすがに知っている。けれど「ウルトラ・サウンド」というのは初めて眼にしたのである。

そもそも「超音波」というのもシロウトには何のことやら判らないのだが「音波」を「超えている」のだから「スーパー・サウンド」でもいいのではと思ったが「ウルトラ・サウンド」なんですね。

いったいどんなアンプとスピーカーを使ったら「ウルトラ・サウンド」を体験できるのだろう?

それに見合う曲はなんだろうか、と思い巡らせていたら名前を呼ばれ、わたしは「ウルトラ・サウンド室」へと吸い込まれていった。








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# by hidyh3 | 2017-08-18 17:10 | Comments(0)

最後のお楽しみ

定年カウントダウン貯金の話しを書いたけれど、なかなかこれが面白い。

今日はまだ2日目だから貯金箱はカラ同然だが、しかしかくじつに増えていくわけであり、そして会社を休むということは貯金ができないということだから昨日までのように何となく行きたくないから休んじまえ、ということが無くなりそうなのである。

どうしてもっと早くこのことに気が付かなかったのだろう。無意味な有休など取得しなかったものを!

まぁ、いいさ。なにかを始めるのに遅いということはない、というのがわたしの信条なのだから。

さて、ところでわたしはいまいる会社に定年再雇用を申請するつもりはない。理由は簡単で、わたしのうつ病の原因がほかならぬこの会社だからである。それに、この会社の天国も地獄も経験してしまったから今さらモチベーションもなにもない。

さきほど「フォークリフト」をキーワードに求人を検索してみたのだが、おもしろそうな仕事がじつにたくさん出てきた。

アルバイトから正社員としてシッカリと働くものまでじつに多岐にわたっている。勤務地もほとんどは倉庫での業務なので郊外の工業団地とかあるいは水産市場など、いままでのオフィスワークとは文字どおり別世界である。小さいとはいえ重機をつかって荷物を積み降ろししたり市場内や倉庫内のひとや障害物のなかを走り回るわけだから、ちょっとしたミスが人身事故や多額の損害賠償につながりかねない緊張感に満ちているだろう。怒声や罵声も飛び交うはずである。60歳からのデビューの場としてはすこしばかりハードルが高いだろうか…?

どんな世界の達人であっても、とうぜんはじめは初心者だったのだから、何をか恐れることやあらん、である。


昨年フォークリフトの免許をとるときの学科で知ったのだが、フォークリフトによる死亡事故というのがけっこう多いのである。だから事業者もきちんと免許をとるように若い従業員を会社の費用負担で派遣してきているわけだが、そう考えるとわたしにはとてもハードな教習だったけれど取得するだけの価値はあったのかもしれない。まして世の中は物流が加速している。これはもう不可逆の流れだからなにがしかの職はあるはずだ。

定年貯金とフォークリフトを駆る仕事…。どうなることやら…。












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# by hidyh3 | 2017-08-17 12:58 | Comments(0)

ご褒美

パニック発作から数日すぎたが、いいぐあいに平穏である。


それよりもわたしにとって嬉しいのは、このところ事務所のデスクにはりついていることが以前ほどは辛くなくなってきつつあることだ。


おそらくモノトーンな毎日にわたしの身体と精神が順応してきたのだろう。早朝から夕方― 正確にいうなら午前7時から1745分まで椅子にすわりノートパソコンを眺めることの他は何もすることがない毎日が1ヵ月を過ぎ、ほとんど永遠ともかんじられた無為な1日のうっちゃりかたを会得してきたのだと思う。


ひどく忙しそうにしている人たちから見たらそんなオトコがどう写るのか、はじめのころにはとても気になり卑屈になって身をかがめ文字どおり小さくなっていたのだが、この1週間ほどは日陰をえらんで歩くようなこともなくなり、普通にふるまえるようになってきた。


会社に来るということがいまのわたしに課せられた仕事なのだ、そう思うようにしていたが、みずからを無理に納得させる思考というものにはやはり不自然さがつきまとうもので、腹に落とし込むというのは簡単ではない。だが、人間は慣れるのものだ。他人とまったく会話せず、昼になれば出社途中に買ってきた弁当を別室でひとり食べ、ふたたび無言の行をつづけて定時に帰る。とても健全でまともな会社員とはいえないそういう病的な環境も、しかし慣れてさえしまえばなんとかしのげるのだった。


もちろん望んでしているわけではない。だからときどき出社拒否してしまう。職場復帰して1ヵ月なのにもう有休を5日も使ってしまったほどだからやはりそうとう辛いんだな。


残りなんにち事務所に来れば「定年」というゴールのテープを切れるかを午前中にかぞえてみた。有休や夏季休暇などを併用するとあと188日であることが判ったので昼休み事務所の近くにある100円ショップにいき貯金箱を買ってきた。きょうから毎日100円を入れることにしたのである。わたしが最後に事務所にくる日には、だから18,800円たまっていることになる。


自分からの退職金だ。


そういう目的ができると明日からの出社に張り合いができたのだ。



…悲しいね。哀れだね。いい歳したオッサンが、いったいなんだ、このざまは。








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# by hidyh3 | 2017-08-16 16:18 | Comments(0)

面倒だな

昨晩もよく眠ることができず、何回目かの覚醒時に時計を見たら午前3時半ころだった。ひどく寝汗をかいていた。

わたしが平日にベッドからでるのは午前5時前後なので、ああもうたいして時間がないな、そうおもった瞬間に「休んじゃえよ。だれもおまえが会社にいかなくても困らないんだから」と声がした。とても甘美にして説得力にみちた声だったので安心してふたたび眼を閉じた。

いつものように4時30分に目覚めたので汗で重たくなったシャツや下着をかえ、シーツのうえにバスタオルを敷いて横になった。家をでなくていいのだと思うと、とても安らいだ気分になってやっとこころが静まる。

もうこんな日々には疲れたよ。というよりも、こうした心のなかの格闘にいったいなんの意味や価値があるというのか?

わたしにはわからない。












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# by hidyh3 | 2017-08-15 12:01 | Comments(0)

パニック発作ってこういうものなのか!

きょうは月一回の精神科通院日だった。

じつはこのところ眠剤をのんでも効かず、浅い眠りから目覚める日が続いていて昨晩も一時間ごとに覚醒しては意味のわからない夢にふたたび引き戻されるという、書いているだけで不快な夜を過ごしていたのだった。

診察は10時30分からだったので9時30分にいえを出れば充分なのだが、なかなか起き上がる気になれずこころのなかで

 「?…?」

そう感じたが、なにしろ眠剤や坑うつ剤を処方してもらわないとストックがないから蛮勇をふるってなんとかベッドをでて、ほう髪・無精ヒゲという典型的なバガボンドの風体でドアを閉めた。駅について電車を待っているあいだに鼓動が激しくなり頭のなかがガンガンしてきた。呼吸が浅くなり正体不明のとてつもない不安感で立っていられなくなり、さいわいベンチが近くにあったので、普段ならゼッタイに座らないのだが溺れるものが反射的に浮遊物に手をかける感覚でへたり込んだ。

敬愛する作家の小説中に作者本人がかつてパニック障害を発症したときの様子をなんかいも克明に書いており、わたしはかれのすべての作品を熟読しているゆえ「ああ、オレはいまパニック障害の発作を起こしているんだ」と理解した。だが、理解しただけではわたしをわしづかみにして揺さぶっている姿の見えぬ化け物を追い払うことはかなわず、額から流れでる冷や汗をぬぐいながら(こんなことは初めて)クリニックに入った。


主治医はひとめでわたしの不調を察し、脈をとった。いままで見たことのない真剣な顔つきで時計の針とわたしの頻脈のかずを追っているドクターを前にし、助かった、そう思った。主治医は

 「ちょっと待っていてください」

そういって診察室からでで紙コップにはいった冷たい水と錠剤をもって戻ってくると

 「はい、まず飲んで」

おだやかに渡してくれたのである。そして眼を閉じて両手を自然と前に出すよううながした。数秒後に「もういいですよ」といわれ、眼をあけると穏やかな表情で「なにかあったんですか?」と尋ねられた。

いくつかの問答のあとにドクターは、たしかに脈は速いが心臓疾患などによる不整脈がないことを告げ、なんらかの心的ストレスによるパニック発作だ、と診断された。

ああ、やっぱり。

わたしはようやく安堵した。












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# by hidyh3 | 2017-08-12 14:41 | Comments(0)

美人増加傾向

日本人の体形や顔つきはここ数年でおそろしく変化しているのではないだろうか。

顔の造作にかんしていうなら、たとえば1950年あたりまでの写真をみると、そこに写っているのが市井のひとであれば、つまり女優とか男優でもないかぎりはだいたいチンパンジーかゴリラのようなサルに近い顔をしている。幕末あたりの武士の写真などをみる機会がわたしはおおいので、そのつど日本人の面貌におどろくのである。身分のちがいなど関係なく、あの時代の日本人はおしなべて貧相である。

最近の日本人の変化は加速しているように思える。第一に挙げるべきは顔が小さくなっていることだろう。女性のメイクのためではなく、物理的に小顔の若者がふえている。それと併せて身長が伸び手足が長くなっている。つまりスタイルがよくなっているわけだ。身長が伸びてきたほうは生活環境が変わってきたことで説明できる。畳からフローリング、膳からテーブル、座布団からイス、さらには寝具の進化などによるものだろう。食生活の変化もあるかもしれないが、そこの因果関係はわたしには判断できない。

顔が小さくなってきたのはどうしてなのか?こちらのほうこそ食生活、すなわち食べるものが影響しているのかね。

わたしは男だからどうしたって若い女性に目がいってしまうのだが、可愛くて小顔で背の高い女性がほんとうに多い。知り合いの50代女性にその感想を話したら彼女も同感だといった。女性はほかの女性の美醜にとりわけ敏感だから可愛い女の子が増えているのはたぶん事実なのだろう。

この流れがとまらずにいけば、将来の日本にはスタイルが良くて可愛い女性があふれるようになる。ただしひとつだけ問題がある。見た目は申し分のない子が増えるのと比例するように言葉遣いや態度が下劣な子も増えている。この原因はもうマスメディアが責を負わねばならないだろう。インターネットやスマートフォンの普及も拍車をかけている。

かつて「一億総白痴化」といった評論家がいたが、そのことが現実になりつつある。

乱れた貧相な語彙しかもたないものは相応の発想しかできず、そして行動はかならずそれ以下となる。つまり馬鹿が増えるということになる。

その次にやってくるのは、おそらく戦争だ。

これくらい人間の本能を刺激するものはないからである。


そうなる前にわたしはこの世から去りたい。








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# by hidyh3 | 2017-08-07 19:50 | Comments(0)

恩人、いや大恩人

かつて営業のマネジャーをつとめていたころ、月に2回の「業績確認会議」というのがあり、国会の予算委員会に招致される官僚のごとく膨大な資料を持参し、暗い気持ちで本部事務所までかよったものだ。

そのときの支店長というのが「結果至上主義」で、いいことをしようがブラックなことをしようが本社営業本部から示達された支店の予算を達成してさえいれば○で、大学時代は柔道部だったという熊のごとき体躯で計画予算に達しなかった課のマネジャーを恫喝し、ことばによる暴力 - いまなら100%のパワハラで叩きのめすのだった。

ナンセンスのきわみなのだが、おそらく今日現在でも企業の営業最前線というのは、大企業・中小企業にかかわらずそう変わっていないのではないだろうか。


業績が思わしくない営業課長が寝技で締め上げられて虫の息になると、次の月の業績保証策の討議となる。

それとて選択肢はいくつもなく、どれもが賞味期限切れの施策なのだった。過去に何回も実施してたいした成果のあがらなかった施策が翌月の方針となる。

そのバカバカしさとみずからのふがいなさにいつも辟易していたわたしは、じぶんがマネジメントできる限りではいっさい方針展開などという茶番はおこなわなかった。メンバーの意思を邪魔するようなことはつとめてせず、小さなことでもおおげさに褒めまくったものだ。恐怖政治の対極であるが、そうすると面白いことに業績は安定飛行するのである。乱高下しなくなり、メンバーが自身であたらしいアイデアを考える。チャレンジをする。結果として職場はおだやかで、ベートーヴェンの第六シンフォニーのような景色となるのだった。

そういうわたしにたいする批判や叱責もおおかったが、ベートーヴェンがわたしをいつも支えてくれていた。








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# by hidyh3 | 2017-08-06 09:56 | Comments(0)

自転車にもの申す

気のせいか、このところ自転車に乗っているひとが多くなったように感じる。

歩いて買い物などにいった帰りみち、それも米だの酒だの重量があるものを両手にもって歩いていると左右にふらついてしまうことがある。あるいは負担を換えるべく、いったん立ち止まって右と左のものを持ち替えることもしばしばだ。

むかし自転車に衝突され怪我をした苦い経験がわたしはあるので、このような場合にはできるだけ後方確認をしてからつぎのアクションにうつるようこころがけてはいる。とはいっても高速道路をクルマで走っているときの集中力と注意力とはそもそも次元がちがうから、両手の重さに耐えかねてうしろを見ずに立ち止まってしまうこともある。そういうときにかぎってヨレヨレのわたしの横を自転車が至近距離で疾走していくのである。遠ざかっていくひともヒヤリとしたであろうことはその背中がものがたっている。

自転車というのは道路交通法では立派な車両、つまりクルマなのであり、したがって歩道を走ったり一方通行を逆送したり、酔っ払い運転などもふくめすべて違反なのである。雨の日に傘をさしながら片手運転しているひとを頻繁に見るが、あれも完全に違反である。

ハッキリいうと、わたしは自転車に乗っている無神経な輩が大嫌いだ。ぎゃくに表現するなら、ただしく自転車に乗っているひとのなんと少ないことであるか!

だからさ、もうすこし勉強してから乗りましょうよ。













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# by hidyh3 | 2017-08-04 13:05 | Comments(2)

真夏の第5

いまカルロス・クライパーとウイーン・フィルによるベートーヴェンの第5シンフォニーを聴いている。

この曲が無知蒙昧のわたしに音楽の真髄を教えてくれたことは以前にも書いた。そしてそれから半世紀近いときが過ぎているのだが、筋肉のかたまりのようでいてじつは繊細な精神のモノローグであるこの曲は、どんな指揮者のどんなアプローチでもけっして揺らぐことはない。したがって未来永劫、第5は第5であり続ける。

時空を超え人種を超え、かりにあした地球が終わるとしてもこの曲はその面貌を変えることなどないだろう。

こういう芸術に出会え、そして近くにいられることに感謝したい。






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# by hidyh3 | 2017-07-29 14:53 | Comments(0)

夏といえば・・・

土曜日がたのしみである。

べつに休日だからというわけではない。「寅さん」が観られるからである。かつては東京12チャンネル、いまはBSになったけれど、寅さんを観るために1週間の仕事を乗り越えてきた、そういう安堵感と幸福感にひたる。

ただ悩ましいのは始まるのが18時30分からで、ふつうならこの時間はNHKのニュースを見るのがわたしのなかの絶対的な基準だから、土曜日は18時以前の報道番組に集中する。世界を、または日本をゆるがすような大事件がなければ安心してあのゆるいテーマソングを聞けるというわけだ。

不思議なことに妻はまったく関心がない。ほとんど哲学者のごときことばを発する着たきりスズメの怪しいオヤジの、決まりきった展開の茶番劇を歯牙にもかけないのである。「労働者諸君!」ではじまる名演説は抱腹絶倒まちがいなしだがニコリともしない。そのくせしょうもない日テレやテレ朝のドラマを真剣になって楽しんでいるのだから、まぁ人種がちがうのであろう。

そんな異人同士であるが共通しているのは人間ドック通いである。

もう10年以上前からの我が家の夏の風物詩で、聖路加病院にいき検査後は築地で遅めの昼メシを食べるというのがならわしである。ことしは築地市場の移転で危ぶまれたのだが、混乱のおかげで継続できる。なにしろ前日の夜から飲まず食わずだから、築地で食うために人間ドックに行くという妙な図式が定着してしまった。ひととおりの検査が終わってドクターからの説明があるまでのあいだ、なにを食べるか考えながら隅田川のほとりで行き交う船とその航跡を眺めるのは至福のときである。

ことしは来月の金曜日になった。平年は土曜日なのだが聖路加の人間ドックは高価なくせに人気があり、半年以上もまえなのに予約が取れないのである。一度だけべつの病院にいったのだが、そしてそこは聖路加の半分ほどの金額だったのだが、ダメであった。

夏は、だから聖路加にいって苦しみながら胃カメラをのんだあとに、築地でたらふく飲み、かつ喰らうのがわが家のしきたりだ。






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# by hidyh3 | 2017-07-28 14:03 | Comments(0)

年齢をかさねるに従って、あけてこなかった扉があまりに多いことに気づき、今ではそれらの扉をひたすら開くことが、わたしの生きることの証しです。               C'est la vie !!
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